本編では、バラナシからネパール ポカラまでの旅を綴っています。
①ナマステ編では本旅の準備とニューデリー→アグラの旅を記載していますので、まだお読みでない方は下記よりご覧ください。
目次
3日目 生と死の香りが漂うガンジス河
アグラから寝台バスでバラナシへ向かうことにした私ですが、エアコンなしを選んだため社内はサウナと化していました。
そんな中でも睡眠はしっかり取ることができ、、、
目を開ければ真紅の朝日が昇っていました。
アグラカント駅を出発して13時間。
ついに目的地バラナシへ到着です。
バラナシ駅
なぜかバラナシ駅の手前で降りることになり、歩く事10分。
ついに到着しました、バラナシ。
ワーラーナシーや、ヴァーラーナシー、または聖地の名としてベナレスなど様々な呼び方があります。
混乱しないようにしましょう。
熱気と活気はニューデリー以上。
車やトゥクトゥクのホーン、ピー!ピピピ!!ピピピ―!!という音が延々と鳴り響きます。
タクシーの客引きもウザイくらい声をかけてきます。
竹のはしごを人の手で支えて、崩れない保証など一切ない屋根に立ち補修作業をしています。
命がけの仕事をするってこういうことを言うんですね。
着いたばかりですが、明日夜にはネパール方面へ向かうので、列車で進める最終停車駅ゴーラクプル(Gorakhpur)行きのチケットを買っておきます。
人目を気にする人など皆無、一夜過ごす人もザラにいます。
列車がまだまだ来ないのか、サウナ状態の駅中で待つことはかなり体力を要します。
中には引っ越し?商人?と思えるくらいどでかい荷物を抱えた人も見かけます。
肝心のチケットカウンターは、駅を出て左に向かい突き当りにあります。
そこまで人は並んでいないのですが、進むのが非常に遅く、一人10分はかかっていました。
さらには、友達のようなふりをして先頭にいる人に話しかけ、しれっと横入してくる輩がたくさんいます。
私の前には偶然にも日本人二人組のバックパッカーが並んでおり、退屈だったので話しかけてみることに。
聞けば二人は元々友達でなく、他の国で旅している時に知り合い、バラナシで再会したという。
そして来週ニューデリーへ向かうらしい。
私がさっき到着して明日の夜には立つことを告げると、「はやっ!」とかなりびっくりされました。
そうこうしている内に私の番が来て、ゴーラクプル行きのチケットがあるか聞いたところ、すでに売り切れているとのことでした。
寝台列車は人気なので、翌日出発など日が近いものは売り切れに注意!
できれば事前にオンラインで予約しておきましょう。
12GOであればインドの携帯番号がなくても予約ができます。
また寝台バスで行くか、、、でも寝台列車には一度乗ってみたいし、、、
立ち止まっていても仕方ないので、3人でトゥクトゥクに乗りバラナシ市街へ。
バラナシ市街
規制があるのでこれ以上入れないと言われ、中途半端な街中で降ろされます。
ピンク色の建物が多く、思ったよりおしゃれな印象。
しかし、そこら中に野良牛とう〇こ、ゴミが散乱しておりあまりの臭さに何度か鼻がもげそうになりました。
さらにホームレスも大勢いました。
社会問題のレベルを超えている人数ですね。
これを人はカオスと呼びます。
両足のないオジサンがベルを鳴らして物乞いをしている。
インド政府は一体何をやっているのか。
お金や食べ物をあげることでしか彼らを助けることはできないのだろうか。
いろんな思いが巡る中、写真を撮らせてもらうお礼に金銭を手渡し、その写真は私の子供へインドの現状を知ってもらう一枚としました。
街歩きの途中、昼食を取ることに。
そして迷路という迷路を抜けて、、、
お二人に紹介されて泊ることになった日本人宿、サンタナ。
こちらの方がわかりやすいかも。是非探してみてください。
知りませんでしたが結構有名なところで、私が訪れたときは10人ほど日本人が滞在していました。
いつもならドミトリー部屋にしているのですが、ここまで日本人が多いと気持ちが現実に戻ってしまう気がしたので今回は贅沢にもシングル(ベッドはふたつの部屋)で1泊。
もちろんエアコン付き、シャワー付きで1300ルピー(2210円)でした。
バックパッカーご用達のサンタナに来て個室に泊る人は珍しいのかもしれません。
ゴーラクプル行きチケットが取れなかったことを相談すると、なんと外国人向けの緊急用のチケットならあるといってオンラインで手配してもらえることに!
緊急用なので割高ですが、1600ルピー(2720円)で予約確認書もその場で印刷してもらえました。
感謝!
安心したところで、ひとりで街へ繰り出します。
徒歩2、3分でダシャーシュワメード・ガート(Dashashwamedh Ghat)までやってきました。
こちらがうわさのガンジス川。
衛生レベルは想像を絶しますが、多くの人が沐浴しています。
私はここで寝込んでいる時間はないので、見るだけにします。
少し北上し、マニカルニカーガートまで来ました。
この先には火葬場が、、、
写真を不快に思う方もいらっしゃるので、慎重にカメラを握りしめます。
この煙を浴びて階段を登ってきましたが、臭いという感じではありませんでした。
見事に遺体が燃えています。
勝手に説明を始めた自称ガイドの人によると、薪で焼いているからなのだそう。
その薪代はボートで運ばれてきて、1000ルピー/1kgもするから寄付してくれないか?だと。
ガイドしてくれたお礼として100ルピーを渡しましたが、足りない足りないと騒ぎ出し面倒に。
私はそれ以上一切払いませんでしたが、かなり強引なのでみなさん気をつけましょう。
寄付という名目のたかりはかなりしつこいし強引です。
相手にしないようにしましょう。
生きるとは、死ぬとは一体何なんだろう。。。
とか思いにふけるのかなあと思っていましたが、意外と湧き出る感情は何もありませんでした。
自分の死に様なんか考えても仕方ない、今を懸命に生きること以外に他ならないことだけははっきりとわかりました。
夜7時からプージャが行われると聞いていたので、行ってみることに。
プージャ(pūjā)とはヒンドゥー教における礼拝の儀式の事である。
Wikipedia
日常的に行われるが、出産や結婚などの人生イベントでも行われる。
儀式の手順としては、身を清め、花を添え、貝殻を鳴らしベルを鳴らして行う。
供物を与えた後に、アラティといわれるろうそくの炎の儀式で自我を取り払い神との合一を目指すとされる。
なんと言うか、歌に踊りに、まるで日本の夏祭りみたいに感じました。
夜の方が涼しいこともあり、人混みが半端ないです。
夜も更けたところで、サンタナへ戻り旅の疲れを癒します。。。
4日目 バラナシ散策
早起きできれば朝日を見に行こうかな~くらいに思っていましたが、気を張っているせいか起きてしまいました。
サンタナでもサンライズツアーを遂行していましたが、私はひとりで外へ赴きます。
時刻はまだ外も真っ暗な深夜4時。
それでも迷路の路地には人がそこそこいます。
昨日訪れたガートまで行き、サンライズを見るクルージングボートに乗り込みます。
何も思い、何を考え、日々を過ごしているんだろう。と赤の他人のことが気になりだします。
雲に遮られていた太陽が頭を出してくれました。
ガンジス河から見るものは、より一層神々しいです。
この真下には腐敗した数え切れない人々が眠っていることを忘れてしまいそうになりました。
クルージングを終えると、スタッフが料金の回収に回ります。
500ルピーから値切って300ルピー(510円)を支払いましたが、私の隣に座っている人は100ルピーしか払っていませんでした!
(あなた、そんな払ったの?)って顔で見つめられ、恥ずかしさと怒りが一瞬同時に湧いてしまいました。
朝日を堪能した後は、前日に予約していたSOMIT YOGA(Somit Yoga Education Training Society)まで歩いて行きます。
名前の通りここではヨガレッスンを受けることに。
日本では中年男性がヨガに行くことはかなりハードルが高いですが、インドでは関係ありません。
人生初のヨガ体験をしました。
様々なコースがありますが、私が選んだ定番コースの料金は2時間で600ルピー(1020円)。
オーナーのSOMITさんはとても親切で、子供たちにボランティアで教育活動しているなど、これまで路上で会ったインド人たちとは全く異なるタイプです。
ヨガ体験したい方は是非訪問してください。
宿泊もできるみたいですよ。
以外とあまり知られていませんが、インドはヨガ発祥の地としても有名。
1000円前後で本場を体験できるので、体も心も整えることをおススメします。
日中、特に行く当てもない私はガンジスの川沿いを歩いて南下し、心地良いバラナシの風を浴びることにしました。
エアコン付きのお店をずっと探しましたが全くありません、仕方なく吊り下げファンしかないレストランAshish Cafeで昼食をとることに。
河沿いから少しそれることに。
道なき道を進むと、貧しい家庭のシンボルのような家がいくつかあります。
Ramnagar Bridgeを歩いて渡ります。
歩道はないので、ひかれるかどうかは運次第。
想像以上に長かった橋を渡り、たどり着いた先はラームナガル要塞。
出発から2時間、6kmはあったのではないでしょうか。
入場料は200ルピー(340円)。
あまり興味がなかった私は中に入らず、向かいの商店街をうろつきます。
野菜やフルーツなどが売られていて、市民の生活が垣間見れます。
わざわざ来るところではありませんが、歩いて来る途中でみることのできた光景には価値があったと思います。
夜、バラナシを満喫したところで、予約した寝台列車に乗るためバラナシ ジャンクション駅へ向かいます。
4kmありますが時間に余裕があったので、リキシャと呼ばれる人力車で行くことに。
が、Google mapも理解してもらうことができず、わかったふりをされて道を5回以上間違えられました。
そして最後に、交渉していた金額の5倍を請求。
当然ふざけるなと口論になりましたが、インド人バイタリティの凄まじさを感じました。
5日目 30時間かけてネパールへ
00:15出発の列車に飛び込みます。
予約していた席には人が爆睡していましたが、無理やり起こして退いてもらいます。
指定席なのに居座られていることはよくあります。
勇気を出して自分の席だと主張しましょう。
エアコン付き、三段ベッドの一番上を予約。
THIRD AC(3A), SIDE UPPER
バラナシJN 00:15発
ゴーラクプルJN 06:10着
退いてもらった人で暖められたシーツをかけ、少し気持ち悪く感じながらも眠りにつきます。
終点であるゴーラクプルに着いたのは朝8時。
予定より3時間遅れで到着し、ここから国境のあるスノウリの街までバスで行きます。
乗り合いタクシーでも行くことは可能ですが、乗客が集まらず一向に発車しないのでやめました。
ここで一息、50ルピー(85円)のサトウキビジュースをいただきます。
バス乗り場はこの辺。
自力で人に聞いて、スノウリに行くか確認しなければなりません。
9時出発のバスで行くことにします、料金は150ルピー(255円)で車内で回収の人が回ってきます。
3時間後の12時、スノウリに到着。
すぐさまバス亭近くの道路左側にあるインド側イミグレでスタンプをもらいます。
そのまま歩いて北上し、今度はネパール側イミグレでスタンプ。
初めて接するネパール人の親切さに泣きそうになりました。ここまで対応が違うものかと。
15日間有効なアライバルVISA代30USDをここで支払います。
イミグレでは、少しでも折れていたりしわくちゃになっているドル札だと受けてもらえません。
コインも不可。
ネパールルピーでも支払うことはできますが、ピン札をちゃんと用意してきましょう。
そしてさらに北上し、道路右側にあるバスのチケット屋でポカラ行き700ルピー(1190円)を買い、17:30の出発(到着時刻は不明)まで散策&軽食を取りながら時間を潰します。
チケットにバスのナンバーは数字で書いていますが、実際のナンバーはネパール語表記で全く読めません!
近くにいたオジサンに聞いて、車輌を特定します。
バスはこれとのこと。
なかなかオンボロ。
ここからが本当の地獄の始まりでした。
最悪の至上最悪のバス旅。
満席の上、通路は商人のどでかい荷物で足の踏み場もなくなっていきます。
エアコンはなし、扇風機は故障、窓からの風は砂埃まみれ、、、
バスは暴走族なみにパラリラパラリラとラッパを鳴らしまくる、、、
ネパールの歌と生演奏が爆音で車内に鳴り響く、、、(これはこれで悪くない)
タイヤも悪いせいか、ガタガタボヨンボヨンで上下に、峠では走り屋のごとく左右に揺さぶられ、むち打ち状態に。
永遠と、ひたすら何もない山を走り続けます。。。
ホテルへ到着するのが明朝4:30とも知らずに…
③ポカラの安息へ続く